Oliver Peoples



スタート

オリバーピープルズのストーリーは、ロサンゼルスの若い3人の経営者のもとに送られてきたひとつの小包から始まりました。

オリバーピープルズの代表、ラリー・レイトと2人のパートナー、ケニー・シュワルツ、デニス・レイトが受け取ったその小包は、ニューヨークのアンティーク業者からのもので、その中には、少なくとも50年以上前に造られたヴィンテージ・フレームが入っていたのです。それは12カラット・ゴールドに細密な装飾が施されたものなど、誠に素晴らしいヴィンテージフレームでした。そのパターンの美しさと優雅さ、そして上品な仕上がり。このフレームをみたとき彼らは、自分たちがなにを求めていたのかを知ったのです。

彼らはすぐにニューヨークに飛んでいきました。そして、マンハッタンのとある地下倉庫に50年間放置されていた6つのパッキングと対面します。

そこには1500セットを数える組立前のメガネフレームと、組立工具が一式おさまっていたといいます。それらとともに黄ばんだ一枚のオーダーシートが入っていたのです。そこには一つの象徴的なサインを見つけます。1927年に書かれたそのサインとは、"オリバーピープルズ"に他なりません。

彼らはそのサインの名前を社名とし、ヴィンテージというテーマをもとにして、短期間で商品コンセプト、ブランド・アイデンティティ、マーチャンダイジングプラン、マーケティング戦略、パブリシティ・プランを組み立て実行していったのです。

そして、1986年11月。ウエスト・ハリウッドのサンセットブルーバードに、オプティカルショップ < オリバーピープルズ・ロサンゼルス > をオープン。それから彼らは、彼らのコンセプトを理解し賛同するショップを世界中で徹底的に厳選しました。それらは、たとえばニーマン・マーカス、バーグドーフ・グッドマン、バーニーズ・ニューヨーク、ヘンリー・ベンデル、マックスフィールドなどといった最高級の小売店ばかりでした。それから10ヶ月かからず、オリバーピープルズはアメリカを席捲、今では世界60ヶ国以上で販売されています。


ヴィンテージ

オリバーピープルズは、デビューした1986年当時の主流から外れたフレームデザインをして世に問いました。それは冒険とも思える提案でした。精巧なる芸術、今みてもモダンに思えるアメリカのヴィンテージグラスの世界。そんな1920年代から1940年代のスタイルを、現代風に、そして独特にアレンジしたのです。まったく新しい"ヴィンテージ"が誕生しました。

オリバーピープルズの最初のコレクションのもっとも大きな特徴はたぶんフレームのサイズでしょう。それは、当時のメガネ業界の指向とはまったく異なり、小さなものでした。業界は懐疑の目を向けましたが、ファッション感度の高い人々は魅了されました。

小さなフレームは、大きなフレームよりむしろ顔のアクセントになります。短所を隠すのではなく、長所を際立たせるアイウェア。つまりメガネにより、自分の個性を演出し、主張したいと考える人々に、大いに受け入れられたのです。たくさんのアーティストたちが、ミュージシャンやアクターたちが、そしてエスタブリッシュメントたちが、オリバーピープルズのコンセプトに賛同しました。


カラーグラス

メガネの楽しさ、そのファッション性を著しく高めたものに、オリバーピープルズがとりあげたカラーレンズがあります。欧米において、サングラスとしてだけではなく、パーティグラス、あるいはナイトグラスとしても愛用されてきた"カラーグラス"たち。

濃い色のサングラスとクリアなメガネ。そうした枠にとらわれない、自由なコーディネートをお楽しみください。オリバーピープルズの創り出す独特のヴィンテージカラーのレンズたちには、豊かなる個性を演出するパワーがあるのです。


プラスチックカラーマジック

一般的にセルと呼ばれるプラスチック素材は、メガネにはなくてはならない存在です。アイヴァン、ポールスミススペクタクルズなど、オリバーピープルズにはセル・フレームの逸品が数多くなります。たとえば4枚のプラスチックラミネート。洋服の表地と裏地のように、2色を張り合わせ、その間に白いセルを入れて濁りをなくす。

表地の色の深みを増すために、さらにクリア・セルでラミネートする。あるいは、2色の張り合わせ方を工夫し、様々にカッティングしていくことで、たくさんの魅惑的な"プラスチックカラーマジック"を提案しています。


アイヴァン

オリバーピープルズ社はヴィンテージのみにこだわっていませんでした。ニューヨーク、マジソンアベニューなどで活躍する、知的でおしゃれな新しい時代の女性たちのファッションに大きな変化があることを感じていました。

そのシンプルで活動的なファッションには、サングラスのようなアクセサリーが大きなポイントになると考えました。1988年ノスタルジックなトータスカラーを中心としたボリューム感のあるサングラスを、オリバーピープルズ社はオプテックジャパンと相談し、新しいブランド"アイヴァン"として世界デビューさせました。その提案はアメリカ、ヨーロッパのメガネ業界のみならずファッション業界にまで新鮮なものとして受け止められ大きな影響を与えました。ファッションに敏感なアメリカ高級デパート、ニーマン・マーカスやサックスは1階のフロアに大きなサングラスコーナーを持ち始めました。

オリバーピープルズ社が世に出したアイヴァンは、1990年初めに起こった世界の第2次サングラスブームの火付け役となり、1992年5月、ニューヨークタイムスにまで取り上げられました。アイヴァンのサングラスは亡きダイアナ妃を始め、ハリウッドの映画スターシャロン・ストーンやミュージシャンのマドンナ、スーパーモデルのシンディ・クロフォードなど根強いファンを獲得し、ハイファッションなサングラスの地位を確立しました。そして、1998年3月、ニューヨーク・ヴィジョンエキスポに合わせて新しい感覚のオプチカルフレームが新しい時代に向けて発表されました。


ポール スミス スペクタクルズ

ポールスミス社オリバーピープルズ社の関係は、1989年ポールスミスショップがオリバーピープルズのメガネコレクションの取扱いを開始した時に始まります。その後、両者には、品質やデザイン、そして個性へのこだわり、顧客サービスの徹底、販売ルートの厳選など、多くの共通点を見いだしました。

ポールスミス社が、独自のメガネコレクションの開発を考えたとき、オリバーピープルズを選んだのは当然の成り行きだったと言えます。またオリバーピープルズ社としても彼自身と彼のユニークなデザインのエッセンスを取り入れた新しくてユニークなコレクションをクリエイトしていく機会をもつことは、もちろん歓迎すべきことでした。

こうして1994年、ポールスミススペクタクルズが誕生したのです。そして両社はファッションビジネスとアイウェアビジネスの垣根を越えた夢を重ねました。その二者の夢はアイウェアの世界にラミネート(張り合わせ)のオリジナリティーあふれるプラスチックをふんだんに使った、豊かなカラーを表現したアイウェアを登場させました。その手法は、またたく間にメガネフレームの主流となり、プラスチックフレームの新しいブームを創り出しました。ポールスミスはファッション界にとどまらず、世界のメガネ業界に歴史的な足跡を残す事になったのです。


エルトン ジョン スペクタクルズ

エルトン・ジョンは、1986年にオリバーピープルズがロサンゼルスに小売店をオープンして以来の素晴らしい顧客であります。1994年初頭、彼がオリバーピープルズ・ロサンゼルス本店に来店したときに、あるアイデアを持ち出しました。それは彼の名前を付けたメガネをオリバーピープルズ社が販売し、その収益金の一部を"エルトン・ジョンエイズ基金"に寄付するというものです。オリバーピープルズ社はこの光栄な申し出に心より賛同し、直ちにエルトン・ジョン限定メガネフレームの開発に着手したのです。

そして、エルトン・ジョンとオリバーピープルズ社は1995年3月、この素晴らしい企画をニューヨークでプレス発表すると同時に、第一弾商品(世界で5000本限定発売、各カラー毎にシリアルナンバーが刻印されたもの)を紹介しました。オリバーピープルズ社はこのプロジェクトを通じてメガネ業界だけではなく、メガネやファッションに興味を持たない人達まで世界中で大きな反響を呼び、意義深いエルトン・ジョンの活動に、ささやかながら貢献しています。




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